スウェーデンとフィンランドで、2009/2010のブタインフルエンザ流行時に用いられたワクチン Pandemrix の副作用で 一躍有名になったナルコレプシー。その後2−3年はナルコレプシーの検査のために臨床神経生理学科へ紹介されてくる患者、特に18歳以下の小児期の患者の数が一挙に増えた。スウェーデンでは、Pandemrix の副作用でナルコレプシーの発病率は4倍以上になったということである。
臨床神経生理学スウェーデン協会の年次総会でもナルコレプシーに関する講演が今だに多い。今年2017年2月ルンドでの総会でも講演があり、その中で、日本でのナルコレプシーの有病率は世界で最も高いということを聞き、調べてみることにした。
ナルコレプシーはすべての人種において発病が見られ、世界の有病率は平均2000人に一人、0、02—0、05%である。それでは日本ではどうか。日本人の有病率は0、16%、600人に一人と報告されている。実に世界平均の4倍から8倍も高い。
この病気の特徴は、第一に日中過度に眠気がする(過眠症: hypersomnia)ということ。眠気は日中断続的に複数回生じることが多く、居眠りしても1〜数時間のうちにまた眠気が再昂進して、居眠りを繰り返す。眠気の昂進は、成人 の場合運転中の居眠り、ニアミス、事故などの原因にもなるので注意が必要だ。ただし、過眠症の原因としては、他の原因、特に成人では閉塞性睡眠時無呼吸症候群が有病率も格段に高く、過眠症の原因として 鑑別診断では重要となる。この閉塞性睡眠時無呼吸症候群に関しては、またの機会に報告するつもりである。
第二にナルコレプシーの特徴的な症状として、 感情によって引き起こされる急激で一過性の筋緊張消失エピソード、情動脱力発作がある。 笑ったり、怒ったりした時に、膝が折れて床に倒れこむ脱力発作のことが多い。ナルコレプシーの分類では、この情動脱力発作を伴うタイプ1と伴わないタイプ2がある。先の日本でのナルコレプシーの有病率はこの情動脱力発作のあるタイプ1の有病率であり、この症状が最もナルコレプシーに特有の症状だと言われている。小児では、この情動脱力発作をてんかんの症状と疑われて、検査のため臨床神経生理学科へ紹介されることもある。しかしてんかん発作では多くの場合意識の障害を伴う が、ナルコレプシーの脱力発作では意識は全く正常であるのが特徴だ。また小児ナルコレプシーでは、 情動に関係なく脱力発作が起こることもある。また膝以外に目や首の筋肉の脱力が起こり、目を開けていられなくなったり、声がおかしくなることもある。
診断には検査が必要である。臨床神経生理学科での検査としては、夜間の睡眠ポリグラフ検査に続く日中の反復睡眠潜時検査(Multiple sleep latency test: MSLT)という検査が必要だ。MSLTでは、日中4−5回2時間おきに、睡眠ポリグラフ検査をしながら患者は眠るよう促される。毎回の睡眠潜時やレム睡眠の発現回数などにより、ナルコレプシーの診断がなされる。ナルコレプシーではレム睡眠が出現しやすい状態になっているのが特徴だ。
ナルコレプシータイプ1の場合、脳の視床下部というところにあり、オレキシン(ヒポクレチンとも名付けられている)という覚醒誘導物質を含有する神経細胞が が消失すること が知られている。このためタイプ1の診断では、脳脊髄液中のオレキシン濃度が低いことを確かめる方法もある。
またタイプ1の場合、ヒト白血球組織適合抗原(Human leukocyte antigen: HLA)が特徴的で、DR2/DQ1 が100%陽性、 DQB1*0602というタイプも人種を問わず強く関連していることがわかっている。特に日本人ではDQB1*0602陽性率は90%と高い。ただし、一般人口でもこれらのHLAタイプが12−38%に認められることなどから、ナルコレプシータイプ1の発症に必要十分条件とは言えない。
今は少なくなったが、小児でPandemrix注射の後ナルコレプシーを発症したが、検査が嫌で確定診断されないまま数年が過ぎてしまったという患者がたまに検査にやってくる。車 の運転中に眠ってしまい事故を起こしたりするようなことを除いて、ナルコレプシーは生命に危険を及ぼすことはないが、仕事中や授業中の居眠り、集中力欠如など、生活の質は悪化する。心当たりの人はまず、睡眠病専門の診療科へ受診するよう家庭医に相談してみてはいかがだろうか。
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